1: 匿名 2026/07/09(木) 10:51:28 ID:bEZNWPSc9.net
男系男子の皇位継承が前提で、保守色が強い皇室典範改正をめぐる議論に、違和感をぬぐえない人たちがいる。
改正案では、結婚後も女性皇族は皇室に残るが、夫や子どもは一般人のままで、夫婦別姓、親子別姓のような状態となる。
選択的夫婦別姓が「家族の一体感を損なう」と、これまで保守的な意見を持つ人たちから反対されてきた「矛盾」に、合理性が見いだせないのだという。
皇室典範改正案では、女性皇族の夫や子は通常の戸籍に登録する一方、「皇統譜」(皇族の戸籍)に登録される女性皇族は姓(名字)がなく、女性皇族と、夫や子どもは姓が一致しない状態となる。
広島県に住む70代の女性は、選択的夫婦別姓を求める訴訟に原告として関わるなど、夫婦別姓を選べない法律の見直しを長年求めてきた。
「夫婦同姓こそが家族の絆と言ってきた自民党保守系議員の皆さま、女性皇族の家族に家族の絆がなくなりませんか?」
6月上旬、皇室典範をめぐる報道に接し、X(旧ツイッター)で皮肉を込めてこう投稿した。
「女性が都合の良い調整弁のように」と不信
女性はこれまでの活動の中で…(以下有料版で,残り1023文字)
朝日新聞 2026年7月9日 10時00分
https://www.asahi.com/articles/ASV782GVJV78UTIL00RM.html?ref=tw_asahi
改正案では、結婚後も女性皇族は皇室に残るが、夫や子どもは一般人のままで、夫婦別姓、親子別姓のような状態となる。
選択的夫婦別姓が「家族の一体感を損なう」と、これまで保守的な意見を持つ人たちから反対されてきた「矛盾」に、合理性が見いだせないのだという。
皇室典範改正案では、女性皇族の夫や子は通常の戸籍に登録する一方、「皇統譜」(皇族の戸籍)に登録される女性皇族は姓(名字)がなく、女性皇族と、夫や子どもは姓が一致しない状態となる。
広島県に住む70代の女性は、選択的夫婦別姓を求める訴訟に原告として関わるなど、夫婦別姓を選べない法律の見直しを長年求めてきた。
「夫婦同姓こそが家族の絆と言ってきた自民党保守系議員の皆さま、女性皇族の家族に家族の絆がなくなりませんか?」
6月上旬、皇室典範をめぐる報道に接し、X(旧ツイッター)で皮肉を込めてこう投稿した。
「女性が都合の良い調整弁のように」と不信
女性はこれまでの活動の中で…(以下有料版で,残り1023文字)
朝日新聞 2026年7月9日 10時00分
https://www.asahi.com/articles/ASV782GVJV78UTIL00RM.html?ref=tw_asahi
44: 匿名 2026/07/09(木) 11:12:50 ID:I73Ncj5K0.net
51: 匿名 2026/07/09(木) 11:17:04 ID:RMemgH2G0.net
13: 匿名 2026/07/09(木) 11:00:34 ID:GLbu68Ks0.net
長子優遇はいいのか?
14: 匿名 2026/07/09(木) 11:00:34 ID:nQQDV9Fv0.net
03
【読売新聞 連日の最大級の抗議】
■■見識を疑わざるを得ない■■
象徴天皇制の根本を変えかねない法改正だというのに、今国会中に拙速に成立させようとするとは、政府・与党の見識を疑わざるを得ない。
社説:皇位継承の安定 国民の総意へ議論仕切り直せ : 読売新聞 https://share.google/uelYSgdo1IERWmS4x
社説:皇室典範改正案 「旧宮家」へ皇統が移る恐れも : 読売新聞 https://share.google/wduX2k91jQ8OHmLUp
【読売新聞 連日の最大級の抗議】
■■見識を疑わざるを得ない■■
象徴天皇制の根本を変えかねない法改正だというのに、今国会中に拙速に成立させようとするとは、政府・与党の見識を疑わざるを得ない。
社説:皇位継承の安定 国民の総意へ議論仕切り直せ : 読売新聞 https://share.google/uelYSgdo1IERWmS4x
社説:皇室典範改正案 「旧宮家」へ皇統が移る恐れも : 読売新聞 https://share.google/wduX2k91jQ8OHmLUp
15: 匿名 2026/07/09(木) 11:00:50 ID:vobtM3+R0.net
皇室典範の改正案は、単なる継承問題の解決策ではない。
それは女性皇族を「一時的な存在」として定義し、男系男子の絶対的な権威を守り続けるための精巧な設計図である。
夫婦別姓の矛盾を放置したのは、女性を家族の絆から切り離し、あくまで「調整弁」として使い潰すための意図的な計算に他ならない。
なぜなら、この矛盾こそが男系血統を不変のものとするための最大の鍵だからである。
もし、女性皇族の夫や子が皇族の身分を得る、あるいは女性自身が一般の姓を持つことが許されれば、女性を通じた新しい血統の確立が現実味を帯びてしまう。
現在の案では、女性皇族は「皇族」という聖域にいながら、その家族との繋がりは「一般人」という日常に分断される。
この断絶こそが、皇室というシステムが女性の力を借りつつも、その支配権を決して女性側に渡さないための、極めて合理的かつ冷徹な仕組みなのである。
それは女性皇族を「一時的な存在」として定義し、男系男子の絶対的な権威を守り続けるための精巧な設計図である。
夫婦別姓の矛盾を放置したのは、女性を家族の絆から切り離し、あくまで「調整弁」として使い潰すための意図的な計算に他ならない。
なぜなら、この矛盾こそが男系血統を不変のものとするための最大の鍵だからである。
もし、女性皇族の夫や子が皇族の身分を得る、あるいは女性自身が一般の姓を持つことが許されれば、女性を通じた新しい血統の確立が現実味を帯びてしまう。
現在の案では、女性皇族は「皇族」という聖域にいながら、その家族との繋がりは「一般人」という日常に分断される。
この断絶こそが、皇室というシステムが女性の力を借りつつも、その支配権を決して女性側に渡さないための、極めて合理的かつ冷徹な仕組みなのである。
16: 匿名 2026/07/09(木) 11:01:01 ID:nQQDV9Fv0.net
04
古代日本は何故女帝が多いか
古代日本は女系社会だった
母ちゃんんちが強かった
日本に置いて妻問婚は、飛鳥・奈良時代に先立つ古墳時代に一般的であったと考えられている[2]。
妻と夫はそれぞれの氏族で居住し、妻の財産は妻方の氏族が、夫の財産は夫方の氏族が管理した。
各氏族内では氏族長として氏上がいた。
■求婚は「ヨバヒ」といい、女が許せばその場で結婚が成立した(「ヨバヒ」は現代の「夜」の語源である。)。
妻問いとはいえ、主導するのは女性側だったのである。
ヨバヒには戸口などから女を呼ぶだけといった形から、歌の贈答を経るものもあったらしい。
族長クラスになると媒が入ることもあったが、基本的には本人同士が気に入るかどうかであった。
結婚が成立した後、女が、女性であるオヤ(族長)に告げ、認められれば公式の婚姻となる[3]。
■この頃の住まいは、大屋妻屋式集落と呼びうるもので、大屋=母屋=中つ屋という、族長をなす姉弟である「トジ・トネ」や、長老たちの詰め所であり、共同祭祀や会食の場となった建物を中心に、ヘヤ、クルワ、マキなどと呼ばれる妻屋群が存在したと考えられている。
妻屋群は、倉庫、産屋、若者小屋に加え、娘たちの婚姻用、母たちの育児用の建物が含まれていた[4]。
■子の養育は母の一族が行うものであり、夫方の一族が介入することはできなかった。
離婚も簡単で、夫が妻方に通わなくなったら「床去り」「夜離れ」といって離婚となった。
また通ってきた夫を妻が返してしまえばやはり離婚となった。
従って、何らの宣言も届け出もない古代の離婚は大変あいまいなものであった。
そのような状況なので一夫多妻はもとより多夫多妻となる婚姻も珍しくなかったらしい[5]。
■妻問婚は平安時代中期まで継承され、これが摂関政治成立の原因のひとつとなった。
藤原氏を妻に持つ天皇の子は、母の一族である藤原氏のもとで養育され、その子が長じて天皇になった場合に、藤原氏の意向に従う存在となるのは当然の帰結であった。
しかしながら平安時代中期より制度に変化が見られ、生まれた子供の養育を父の一族で行う慣例となり、これが後三条天皇以降の摂関政治の衰退の原因となる。
古代日本は何故女帝が多いか
古代日本は女系社会だった
母ちゃんんちが強かった
日本に置いて妻問婚は、飛鳥・奈良時代に先立つ古墳時代に一般的であったと考えられている[2]。
妻と夫はそれぞれの氏族で居住し、妻の財産は妻方の氏族が、夫の財産は夫方の氏族が管理した。
各氏族内では氏族長として氏上がいた。
■求婚は「ヨバヒ」といい、女が許せばその場で結婚が成立した(「ヨバヒ」は現代の「夜」の語源である。)。
妻問いとはいえ、主導するのは女性側だったのである。
ヨバヒには戸口などから女を呼ぶだけといった形から、歌の贈答を経るものもあったらしい。
族長クラスになると媒が入ることもあったが、基本的には本人同士が気に入るかどうかであった。
結婚が成立した後、女が、女性であるオヤ(族長)に告げ、認められれば公式の婚姻となる[3]。
■この頃の住まいは、大屋妻屋式集落と呼びうるもので、大屋=母屋=中つ屋という、族長をなす姉弟である「トジ・トネ」や、長老たちの詰め所であり、共同祭祀や会食の場となった建物を中心に、ヘヤ、クルワ、マキなどと呼ばれる妻屋群が存在したと考えられている。
妻屋群は、倉庫、産屋、若者小屋に加え、娘たちの婚姻用、母たちの育児用の建物が含まれていた[4]。
■子の養育は母の一族が行うものであり、夫方の一族が介入することはできなかった。
離婚も簡単で、夫が妻方に通わなくなったら「床去り」「夜離れ」といって離婚となった。
また通ってきた夫を妻が返してしまえばやはり離婚となった。
従って、何らの宣言も届け出もない古代の離婚は大変あいまいなものであった。
そのような状況なので一夫多妻はもとより多夫多妻となる婚姻も珍しくなかったらしい[5]。
■妻問婚は平安時代中期まで継承され、これが摂関政治成立の原因のひとつとなった。
藤原氏を妻に持つ天皇の子は、母の一族である藤原氏のもとで養育され、その子が長じて天皇になった場合に、藤原氏の意向に従う存在となるのは当然の帰結であった。
しかしながら平安時代中期より制度に変化が見られ、生まれた子供の養育を父の一族で行う慣例となり、これが後三条天皇以降の摂関政治の衰退の原因となる。
18: 匿名 2026/07/09(木) 11:01:24 ID:vobtM3+R0.net
これから、皇室典範改正をめぐる議論は、単なる「家族のあり方」の議論に留まらず、社会の常識を根底から覆す激しい論争へと発展するだろう。
夫婦別姓の矛盾が指摘されたことで、国民の不満は頂点に達し、政府は慌てて「女性宮家」の設置や「男系継承」の維持に向けた新たな妥協案を提示せざるを得なくなるはずだ。
しかし、これは単なる制度の調整ではない。
実は、皇室の血統を維持しつつも、将来的に「皇族という概念そのものをより管理しやすい形へ、あるいは特定の組織が統治しやすい形へ変貌させる」ための、政府による壮大な布石である可能性が極めて高いのである。
夫婦別姓の矛盾が指摘されたことで、国民の不満は頂点に達し、政府は慌てて「女性宮家」の設置や「男系継承」の維持に向けた新たな妥協案を提示せざるを得なくなるはずだ。
しかし、これは単なる制度の調整ではない。
実は、皇室の血統を維持しつつも、将来的に「皇族という概念そのものをより管理しやすい形へ、あるいは特定の組織が統治しやすい形へ変貌させる」ための、政府による壮大な布石である可能性が極めて高いのである。
37: 匿名 2026/07/09(木) 11:09:34 ID:umLbG9JJ0.net
夫婦別姓という話も、姓、氏、の起源にいたる、祖先時代からのしきたりを批判するのは、ものすごい後出しジャンケンを見てる気がする
40: 匿名 2026/07/09(木) 11:11:58 ID:8ys0hcIZ0.net
明治時代の価値観で“創造”された万世一系や男系男子のフィクション。
男系男子に拘ったらジリ貧になるのは当たり前、それを無理を押し通せば道理が引っ込む。
現代の価値観なら長子継承が自然。
皇位継承順は①愛子②皇嗣③悠仁が無難。
男系男子に拘ったらジリ貧になるのは当たり前、それを無理を押し通せば道理が引っ込む。
現代の価値観なら長子継承が自然。
皇位継承順は①愛子②皇嗣③悠仁が無難。
45: 匿名 2026/07/09(木) 11:14:02 ID:x/bO9oCC0.net
何でもかんでも平等というのは逆に矛盾がある。
生物学的にはヒトには男女の区別が明確に存在するのだから。
【夫婦同姓】で家族としての一体感を持つのは明らか。
その一体感は男女のどちらかの名前を選択しないと得られない。
その選択肢で男の名前を選ぶ人が多いというだけ。
夫の姓を名乗る家族が保守限定ではないというのも事実。
生物学的にはヒトには男女の区別が明確に存在するのだから。
【夫婦同姓】で家族としての一体感を持つのは明らか。
その一体感は男女のどちらかの名前を選択しないと得られない。
その選択肢で男の名前を選ぶ人が多いというだけ。
夫の姓を名乗る家族が保守限定ではないというのも事実。
49: 匿名 2026/07/09(木) 11:16:25 ID:umLbG9JJ0.net
姓なのか氏なのかハッキリしろ
50: 匿名 2026/07/09(木) 11:16:28 ID:wY4gI+tN0.net
天皇皇族自体が差別みたいなもんだろ、アホなのか
52: 匿名 2026/07/09(木) 11:17:10 ID:+kzUIDSS0.net
39歳で男の子産んで皇統を繋いだ紀子妃殿下はもっと称賛されるべき
愛子ageしてるのは日本の皇統を断ち切りたいサヨクと外国勢力
愛子ageしてるのは日本の皇統を断ち切りたいサヨクと外国勢力





コメントする